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  • ハワイ人夫さん

1型糖尿病のパートナーをもって

 結婚して、ほぼ十年がたちました。結婚生活のほとんどを、妻は1型糖尿病と共に過ごしています。病気がわかったのは、新婚八ヶ月目のことでした。


 診断を受ける前、妻は毎週少しずつやせていくようでした。どうしてなのはわかりませんでした。魔法のように代謝がよくなったか、だれにも言えず拒食症で苦しんでいるか、そのどちらかだと思っていました。ぼくは心配でたまりませんでした。でも、どうしていいかわからなかったので、何もなければいいのに、と考えないようにしてしまったんだと思います。


 ふりかえってみると、あのころの妻には、1型糖尿病の症状が次々と現れていました。吐き気、体調不良、体重の減少、喉の渇きなどです。まだ1型糖尿病の症状なんて知らなかったので、まったく気づくことができませんでした。ぼくたちはまだ若く、当時の生活では医者にかかる費用もバカにならなかったので、病院にいこうという考えにも至りませんでした。


 妻はいつしか、あばら骨や背骨やほお骨がうきあがるほどに、体重が落ちていました。ベッドから起き上がることができず、絶えず痛みに苦しんでいました。最初の結婚記念日を待たずに症状は悪化し、そこでぼくたちは、ついに家族に助けを求めました。2型糖尿病だった母に言われて血糖値を調べてみると、すでに600を超えていました。通常時の血糖値について聞いたぼくはおどろき、妻を連れて病院へ急ぎました。そこで、妻の血糖値を下げ、容体を安定させるために、病院のスタッフが手を尽くしてくれました。妻は悪いことは何もしていないのに、いきなり1型糖尿病というジェットコースターにのせられてしまったのです——これがその始まりでした。

 

 1型の妻をもつ夫としてつらいのは、病気が妻に与える影響を目の当たりにすることです。血糖値の急上昇や急降下に苦しむ様子をみていても、そのコントロールを助けるために、できることはほとんどありません。ぼくにできるのは、低血糖のときに必要な量の糖を手渡すことだけです。高血糖のときできることは、必要な量のインスリンをうって血糖値が下がるのを待つあいだ、なるべく快適に過ごせるようにするくらいです。最初の数年間は、ぼくが代わりに1型糖尿病を引き受けられたらと願っていました。でも、時間がたつにつれ、そんなことは考えるのもムダだと気がつきました。妻のことを憐れむのではなく、妻を支えるためにできるだけのことをしたいと思いました。ときどき妻は、眠りについたあと低血糖になり、発作のように目を覚ましてしまいます。ぼくは急に起こされ、食べものか飲みものを持ってきてほしいと頼まれます。でも、無理に起こされているので、機嫌があまりよくないまま、妻に接してしまうことがあります。恥ずかしいですが、妻が自分を一番必要としているときに、イライラしてしまうのです。それに気づいてからは、もっと思いやりをもって冷静に接することができるよう、自分の態度を改めるようにしました。


 もうひとつ、ストレスや不安を生んでいたのは、経済的な負担でした。ぼくたち夫婦が住んでいたのは、アメリカでも特に物価の高い州です。同じ1型の方でも、病気との付き合い方はさまざまでしょうし、それぞれの経験があるかと思いますが、妻の場合は、毎日のように、頭痛、身体の痛み、体力の低下、脱力感などに悩まされていました。体調の改善に取り組むため、妻はフルタイムの仕事を辞めなくてはなりませんでした。仕事で自分を追い込んで、本当に死んでしまわないために、生き延びるために、必要だったといえます。ですが、妻が仕事を辞めてから、ときおり希望を失ったような気持ちがおそってきました。


 1型糖尿病はこの先も、ぼくたち夫婦の生活の大部分に影響を及ぼすでしょうし、何よりも優先して付き合っていくことになるでしょう。1型糖尿病は治らない病気なので、この先、妻は生きるのがもっと大変になるのでは、と不安な気持ちもあります。ですが、何年も付き合ってきたので、痛みやストレスにはなれました。楽にはなりませんが、何かが起きたとき、気がすすむかどうかはさておき、どうにか問題に対処できるようにもなりました。1型糖尿病という荷物を抱えていても、自分たちらしく、幸せに生きていくことができるのだと、学ぶことができたと思います。


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初めましてichigata歴、9年目のManamiです。 この度このWEBサイト「ichigata」の制作に関わる事となり、とても嬉しく思っています。 今回は私の発症時の体験談とこのWEBサイト「ichigata」への気持ちをお伝えしようと思います。 私の場合、成人発症で最初は右も左も分からず、周囲に同じ病気を抱えている仲間もおらず 大変もどかしい日々を過ごしていたのを覚えています。 発症に気がつ